「惨事報道ストレス」に注意喚起をーー第5回「社会抑うつ度調査」報告

戦争報道などの「惨事報道」は、人々のメンタルヘルスにどのような影響を与えているのか。定期的に行っている「社会抑うつ度調査」で明らかになったものとは。
荻上チキ(社会調査支援機構チキラボ) 2022.07.27
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0.はじめに

社会調査支チキラボでは、2021年6月より、日本社会で暮らす市民の精神的健康を計測しつづけています。これは、自殺者対策などのほか、非常時への支援ニーズを把握するための試みです。

これまでは、特にコロナ禍に置いて、どのような人々が心理的負荷を経験しやすいのかを明らかにしてきました。その結果は、第1回調査〜第4回調査にまとめてきました。

第5回の調査期間は、2022年5月9日(月)から2022年5月11日(水)にかけて。ロシア軍によるウクライナ侵攻から2ヶ月以上が経ったタイミングでした。この時期は連日、戦争報道が行われていました。そこで、継続的な「社会抑うつ度調査」に加えて、「惨事報道接触度」などについても尋ねました。

「惨事報道」とは、戦争や災害など、悲惨な社会的状況を伝えるような報道のことを指します。先行研究では、惨事報道に携わった記者たちに、様々なストレス反応が現れていることが指摘されてきました。

今回の調査では、惨事報道に触れた人々に、メンタルヘルスの悪化がみられました。今回のレポートは、その点について報告します。

Ⅰ.高齢女性に顕著なメンタルヘルスの悪化

開戦前(2022年2月4日~8日調査)と比べて、人々の抑うつ感や不安感はどのように変化したのでしょう。推移を追ってみると、「抑うつ感」の上昇が、「若年女性」と「高齢女性」との間に。「不安感」の上昇が「高齢女性」の間に見られました。

元々、高齢層より若年層のほうが、メンタルヘルス状況が悪い状況が続いています。一方で全体的な悪化度をみると、高齢層の変化が著しいものであるという結果でした。

Ⅱ.「惨事報道ストレス」の影響

一部の人たちに見られた、「抑うつ感」や「不安感」の増大。このような変化の背景には何があるのでしょうか。

今回の調査では、「惨事報道」との接触とを調べています。そもそも人々は、各メディアにどの程度接触していたのでしょうか。

接触頻度が最も高いのが、各テレビ放送でした。さらに、身近な人の会話、新聞、マスメディアによるニュースサイト、動画サイト、ラジオ、SNSなどと続きます。

こうしたメディアへの接触度を合計した上で、「メディア接触」と「抑うつ感」「不安感」との関わりを分析したのが、次の図になります。

結果として、戦争報道に長時間触れている人ほど、メンタルヘルスの悪化が見られました。

では、メディアの種類ごとの、接触頻度とメンタルヘルスとの関係はどうでしょう。

種類別でみると、とりわけ、「ニュースサイト経由」での接触が多い人ほど「抑うつ度」が高く、「昼のワイドショー」での接触が多い人ほど「不安感」が高くなりました。他方で、「家族や友人との会話」で情報に触れているほど、「孤独感」が低く、「人生満足感」が高いという結果になりました。

Ⅲ.「惨事報道ストレス」の注意喚起へ

メディア接触とメンタルヘルスの悪化の関係は、どういうものでしょうか。ここでは、「惨事報道に接触するほどストレスが増える」、あるいは「ストレスが多い人ほど惨事報道に接する」といういずれの可能性も考えられます。

本分析では、そのいずれであるかという結論は出していません。それでも、この短期間でのメンタルヘルスの悪化が見られたことと、惨事報道接触との関係が見られたことから、「惨事報道ストレス」の影響は否定できないのではないかと考えられます。

メンタルヘルスの悪化は、さまざまな疾病リスクや自殺リスクなどを上昇させるため、その動向に注意が必要です。他方で、惨事報道もまた、人々の知る権利を満たす上で重要な営みでもあります。

そこで、「惨事ケア」「惨事セルフケア」に関する注意喚起の情報を共有すること。そのことで、「知る」だけでなく「いたわる」ことの呼びかけも必要となります。情報接触量のコントロールや、自覚的なケアの実行などを、各メディアが「惨事報道」と同時に呼びかけることが、ひとまずは重要となりそうです。

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