コロナ禍と不公平感ーー第3回「社会抑うつ度調査」報告
Ⅰ.はじめに
チキラボが行っている「社会抑うつ度調査」では、日本国内で生活する人々の「人生満足度」「抑うつ度」「不安感」「孤独感」などを、定期的に観測し続けています。大まかに、「抑うつ度」は感情の落ち込んだ状態を、「不安感」は現状や将来に心配や恐れを抱いている状態を意味します。
第3回報告は、8月上旬から10月中旬にかけての推移を見ていきます。この時期は、オリンピックが開幕・閉幕、新型コロナの感染者数の急増と減少、ワクチン接種率の上昇、菅総理の自民党総裁選不出馬宣言など、社会的イベントが続いた時期でした。
「人生満足度」「抑うつ度」「不安感」「孤独感」の計測は、それぞれ既存の心理尺度を用いています。また、所得や地域などの基本属性の他、メディア信頼度やBig5(パーソナリティを測る尺度)など、複数の指標との関連性を分析しています。
9月の調査からは、新たに「個人的不公平感」「社会的不公平感」を計測しています。前者は自分や「自分のような人」が社会から公平に扱われていないと感じる程度、後者は日本社会や世界が公平な場でないと感じる程度です。そうした感覚が、例えば経済状況やコロナ対策とどのように関連しているかを分析するためです。
Ⅱ. 精神的健康
まず、精神的健康を表すデータを見ていきましょう。
https://www.sra-chiki-lab.com/app/download/11809924821/8-10%E6%9C%88%E7%B5%90%E6%9E%9C_20211030.pdf?t=1635742687
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2021年6月からの推移を見ると、若年女性の「抑うつ度」が緩和する一方で、高齢者男性、中年女性の抑うつ感が高まっているように見えます。「不安感」はといえば、若年層での緩和が見られる一方で、中年男女の上昇傾向が気になります。
「孤独感」は、18-39歳の女性で、6月と9月を比べると、孤独感が下がる傾向になりました。「人生満足度」は、60-79歳の女性で、6月と9月を比べると、人生満足感が高くなる傾向がありました。
抑うつ・不安の高さと特に関係する属性は、年齢、非正規就労、主観的健康状態の悪さ、主観的社会階層等(自分が社会で「上・中の上・中・中の下・下」のどこに位置づけられると考えるかという尺度)の低さでした。メンタルヘルス、健康、経済は、三位一体でサポートを提供する必要がありそうです。また、孤独感の高さ・人生満足度の低さと特に関係する属性は、年齢、主観的健康状態の悪さ、婚姻状態、主観的社会階層の低さでした。
属性ごとの変化はいくつかあるものの、総じて、精神的健康状態の大きな変化はなかったと言える範囲です。また、昨年度から一貫して、若年層(18-39歳)、中年層(40-59歳)、高年層(60-79歳)の順に精神的健康状態が悪い傾向が見らますが、2021年8月あたりから、中年層と若年層の差が縮まっていました(中年層が上昇し、若年層が改善しているため)。
Ⅲ. コロナ禍における活動
続いて、コロナ対策の動向も見てみましょう。9月後半から10月頃になると、出勤、旅行やイベント等、人々の行動が活発になっています。
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しかし、多人数での会食や遊び等に関しては特に変化はなく、自粛が続けられています。このことから、「緊急事態宣言解除」「ワクチン接種」などが、必ずしもコロナ対策全般とトレードオフにあるわけではないこともわかります。大半の人々は今なお、「さまざまな対策した上での、抑制された外出」を選び取っていることが見てとれます。
Ⅳ. ワクチン接種状況
10月の調査時では、18-39歳の約5割、40-59歳の約7割、60-79 歳の約9割が2回接種を済ませており、高年齢層から順にワクチン接種が進んでいることがわかります。7月の段階ではほとんど接種者がいなかった若年層でも接種が進んだことは、不安感の緩和に影響している可能性も考えられます。
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「今後も接種したくない」という人は、18-39歳で約15%、40-59歳で約10%、60-79歳で約5%存在しています。しかし、どの世代でも、ここ数ヶ月で「接種したくない」という人の割合は大幅に減少しています。今後、接種機会の構築と、適切な情報提供が行われれば、ワクチン接種対象者の8-9割が接種を完了するというのも非現実的ではありません。
以前の報告では、ワクチンを避ける人のなかには、強い信念や、打てない事情がある「積極的忌避層」だけでなく、周囲に合わせている「消極的忌避層」や、まだ接種機会が現実的でないために保留している「様子見層」もいると触れていました。この3ヶ月でワクチン接種が進んでいったことで、「様子見層」「消極的忌避層」のムードが変化していることが窺い知れます。
2度のワクチン接種を済ませた人は、抑うつ度が低い傾向が見られました。他方でワクチン接種は、不安感・孤独感・人生満足度とは関連していませんでした。確かにワクチン接種することによって、気分の落ち込みは下がりますが、今後の経済見通しなどはまだ不透明です。コロナ対策は、健康面だけでなく経済や社交に影響を与えるため、不安感や孤独感の緩和という意味では、今後の社会政策などによって変わる部分がありそうです。
Ⅴ. 不公平感
さて、今回新たにとった項目が、「不公平感」です。この項目では、「自分自身」が公平に扱われていると思うか、「自分と同じ世代・性別の人」が公平に扱われていると思うか、そして日本社会および世界は公平な場であると感じるかをそれぞれ尋ねています。
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「自分自身」や「自分と同じ世代・性別の人」が公平な扱いを受けていないと思うことが「よくある」人はそれぞれ約10%、「たまにある」人が約30%でした。自分自身が公平な扱いを受けていないという項目なため、ここでは加算して「個人的不公平感」の指標とします。
他方で「日本社会」や「世界」が公平な場でないと感じることが「よくある」人はそれぞれ約25%、「たまにある」人が約40%でした。社会が公平な場でないという項目なため、ここでは加算して「社会的不公平感」の変数とします。
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年代別で見ると、中年層(40-59歳)、特に男性で、個人的不公平感も社会的不公平感も、強く現れました。一方で、個人的不公平感も社会的不公平感も低かったのは、高齢男性(60-79歳)でした。これが加齢などのライフステージ効果なのか、それとも就職氷河期などの世代効果なのかは、このデータだけではわかりません。また、コロナ対策との関連も、初回調査なので分析は困難です。ただし、不公平感は、秩序維持や心理的安定など、さまざまな要素に影響を与えるため、不公平感もまたケアの対象として意識することが必要とは言えます。
不公平感については、今回の分析から、一般的な傾向として次のようなことが見てとれます。
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他の要因が等しい場合には、女性は男性より社会的不公平感が強い傾向
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59歳以下は、60歳以上より、個人的不公平感が強い
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主観的な健康状態が悪い、つまりは自分で自分は不健康だと思っている人ほど、個人的・社会的不公平感が強い
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出身学校が高専・短大・専門学校の人は、中学・高校卒の人より個人的不公平感が強い傾向
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世帯収入が低いほど、社会的不公平感が強い
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昨年と比べた年収が悪くなった人ほど、個人的・社会的不公平感が強い
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主観的社会階層が低いほど、個人的・社会的不公平感が強い
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個人的不公平感は、神経症傾向が強い人で強く、協調性が強い人で弱い
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社会的不公平感は、神経症傾向が強い人で強く、外向性が強い人、協調性が強い人で弱い
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個人的不公平感が強いほど、抑うつ度が高い人が多い
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個人的・社会的不公平感が強いほど、不安感が高い人が多い
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個人的不公平感・社会的不公平感いずれも、不公平感が強いほど孤独感が高く、人生満足感が低い
総じて、個人的・社会的な不公平感の強さは、全般的に精神的健康の悪さと関連しています。この場合の「不公平感」は、絶対的なものではありません。心理学では、自分の期待と実態との間に乖離があると、自分はもっと良い扱いを受けられるべきだ、という「相対的剥奪感」を感じると言われています。今回の調査で測定した不公平感は、このような相対的剥奪感や、「他人よりも生活が苦しい」という主観的社会階層にも大きく左右されると考えられます。
仮に、実質的には安定しているのではないかと他者から思われがちな人であったとしても、「なり得たかもしれない上の上」イメージと比較して、自分は恵まれていないのだと感じることもあります。重要なのは、それが相対的かつ主観的なものであったとしても、その人個人の幸福追求において、重要な意味を持つということです。
Ⅵ.不公平感とコロナ禍
では、個人的・社会的不公平感は、例えばコロナ下での行動とどう関わるのでしょうか。有意な関連があったもののみ、下記に記します。
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個人的不公平感が強い人ほど、どこにも外出しなかった(買い物等を含む外出)
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個人的不公平感が強い人ほど、同居している人と遊びに行かなかった
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社会的不公平感が強い人ほど、リモート飲み会などで友人と話さなかった
まず、不公平感が強い人ほど、「外出」や「リモート飲み会」といった、自粛が求められていない活動さえも行っていない傾向が見られました。これにはもちろん、不公平感と関連する一般的な社会的リソースの欠如と関わって可能性もあります。
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個人的不公平感が強い人ほど、出かけるときにマスクをつけていない傾向があった
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個人的不公平感が強い人ほど、店舗などに設置されている消毒液を利用していなかった
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社会的不公平感が強い人ほど、仕事をリモートで行っていなかった
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社会的不公平感が強い人ほど、接触確認アプリを利用していなかった
さらには、個人的不平感や社会的不公平感が高い人ほど、自己防衛や公衆協力のための行動を取らない傾向がありました。
「コロナ対策として合理的であると推奨されている行動」を取らない・取れない人が、不公平感を高めがちなのか。それとも、不公平感が高くなると、「コロナ対策として合理的であると推奨されている行動」に非協力的になるのか。因果関係を特定することはできないものの、「コロナ対応のためのリソース提供」と「公平感の提供」のいずれもが、個人と公共の両面からも重要であるとは言えそうです。
https://www.sra-chiki-lab.com/app/download/11809924821/8-10%E6%9C%88%E7%B5%90%E6%9E%9C_20211030.pdf?t=1635742687
Ⅶ.まとめ
9月の調査から、公平感を新たな尺度として計測しました。そのため、それ以前との比較ができず、どのような社会イベントによって公平感が上昇したり下降したりするのかはわかりません。ただし、9月と10月を比べると、不公平感の低下が見られました。今後、公平感の比較を行うことによって、政治コミュニケーションやメディアアプローチの是非などについても検討できるようになるでしょう。
公平感は、「自分は生きるに足る存在である」「この社会は尊重するに値する空間である」という認識とも関係します。そのような社会心理がどの程度共有されているかをモニタリングすることもまた、精神福祉に対する政策吟味の役に立つと考えられるでしょう。
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